番  外

幕末に築城されたもう1つの五稜郭(長野県佐久市田口3000)

幕末に五稜郭が2城築城されました。
その1つ長野県佐久市にある龍岡城は余り有名ではありませんが、なかなか見ごたえがあります。
三河と佐久に領地を持つ三河奥殿藩の藩主だった松平乗謨(のりかた)(大給恒)は、
幕末動乱期の慶応3年(1867年)に拠点を田野口に移すことを決めました。
五稜郭は、実戦上、きわめて優れた城郭で、敵からの死角をなくすことができるそうです。
ぐるりを堀で取り巻くようにつくる予定が、徳川幕府の崩壊によって工事は中断されて、
そのままになってしまいました。
明治政府が全国の城郭の取り壊しを命じたことから、龍岡城五稜郭もその多くが取り壊されてしまいました。
しかし、御殿の一部である御台所(おだいどころ)だけは、場所を変えて移築され、
現在でも当時を知る唯一の遺構として残されています。
         3/10/14 訪問)


五稜郭の中は、今は小学校として使われていて
訪問した日、子供たちが野球に励んでいました。


かつての龍岡城見取り図

龍岡城大手門

場内にある神社


御台所


背面の堀がない場所




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